静寂の月
気づかなければよかった
気づいてしまった
もう遅い
この優秀すぎる頭は すでに忘れるという行為ができないのだから
「正チャン…」
自分と一部の人間しか入ってこれない自室のベッド。
照明はすべて落としてある。
寝転んで見上げれば見えるのは白い月。
寒々と輝くソレはとてもキレイだけど、今はとても憎い存在に見える。
「正チャン…」
もう一度つぶやく。
同じ空間にいれば、どんなに小さな声でも彼は反応を返してくれる。
でも今はいない。
いつもはそうは思わないけれど、一人とはなんと淋しいものなのか。
それでもどうしても、今彼を呼ぶことはできない。
そして、手元に放っていた紙をくしゃりと握りつぶした。
部下から渡された、次の殲滅目標の資料――ボンゴレ・ファミリーのものだ。
歴史、構成、戦力、同盟、そして特に幹部に縁のある一般人の名前。
家族、友人、先輩、後輩、そして近所付き合いのあった一般人の名前。
そこに書かれた一人の名前が、自分をこうも動揺させるとは思わなかった。
それほどまでにその人物が、自分にとってなくてはならない存在だったのか。
いや違う。それはもう当然のことだ。
そうではなくて、その名前がここに挙がってくることが予想できなかったのだ。
ボンゴレ幹部と同じ街に生まれたことを知っていたはずなのに。
間違いなく、わかっていて自分はそれを理解することを拒んだのだ。
しわの寄った資料をもう一度頭の上に掲げてみる。
白い月の光に透けたそれは、自分の願いを受け入れることなく、その名前を映し出した。
――入江正一
力の限りそれをベッド下に投げつけた。
唇を噛み締め、腕で目を隠す。
その腕がうっすらと濡れていくのを感じ、余計な自己嫌悪に陥った。
殲滅とは、本当の意味でのデリートである。
例外なくすべての存在を消してしまう。
そうでないと、揺さぶりが甘くなってしまうから。
それは、中枢からわりと遠く、それでもあきらかに関わりのあった人物を消すことが効果的なやり方のひとつだ。
“彼”は、間違いなくボンゴレにとってそういう人物だったのだ。
もう、どうしていいのかわからない。
『白蘭さん…』
控えめなノックのあとに聞こえる声。
融通が効かなさそうな硬い声。
自分が一番信じている声。
あぁ。
今彼が目の前に現れたら、ボクはどうなってしまうのだろうか。
泣き叫んでしまうのか。
怒りくるってしまうのか。
何事もなかったかのように振舞うのか。
ベッドサイドに飾られているアネモネの花が、月の光に照らされて存在を主張していた。
ボクのやるべきことはただ一つ。
彼を“消す”ことだけだ。
――――――――――
*補足*
気づいて速攻書いてしまいました。
だって衝撃すぎたんですもん…!
でもどんなに悲しい話でも、萌に向けてしまうのがヲタとしてのたしなみかと笑…いや、笑えない。
・アネモネの花言葉は『薄れていく希望・見放される』らしいので、白蘭サマの想いを代弁してもらいまいした。
・最後の“消す”とは、きっと“殺す”ことではなく、もとから存在を“なかったことにする”の意味でいけたらいいなー!まさか白蘭サマが愛しい正チャンを殺すなんてこと…ないと信じたい!
そんなことするなら、遠回りでも、正チャンが今まで生きてきた証を消していくことをとって欲しい。
部下に入江正一=正チャンだとバレてしまう前にひそかにやってほしい。
きっと白蘭サマは一人でコソコソとかしないんだろうけど、正チャン自身にでさえ隠れてやっちゃうよ。
でもいつか正チャンは気づいてしまうから、白蘭サマを問い詰めたり…そこでむにゃむにゃすれ違いなんか起こったりして…それはそれで M O E !!
2007.4.23 1:42
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